ICANN改革に関する意見書
社団法人 日本ネットワーク
インフォメーションセンター
株式会社 日本レジストリサービス
2002年 4月29日
- ICANN改革に関する意見書 -
目次
- 0. はじめに
- 1. ICANNのミッションとは?
- 2. Lynn提案の問題認識について
- 2.1. 重要な関係者(Critical stakeholders)の参加不足について
- 3. 改善提案について
- 3.1. 理事会
- 3.2. 資金確保
- 3.2.1. 政府からの資金確保
- 3.2.2. 契約とサービス料
- 3.3. 透明性
インターネットガバナンスにおいて重要なことは、一つの組織に権限や責任を集中させることではなく、ガバナンスを担う複数の組織が連携をして、権限と責任を分担することである。ICANNにとって重要なことは、インターネットコミュニティ全体がIANA機能を持つICANNという"権威"を信任するという状況を作ることである。
また、ICANNはその設立以来、民間セクターによる運営を基本としてきており、今後もその基本方針を後退させることなく、米国政府からの完全移管を目指して前進すべきである。この意味においても、各国政府はICANNの中心的なプレーヤとはならず、民間セクター中心の運営をサポートするという役割に徹するべきである。
ICANNは、ICANNにしかできないこと、ICANNがやるべきことを自らのミッションとして再定義し、それを達成することに専心すべきである。なお、ICANNの組織は、そのミッションが達成できる範囲で、出来る限りミニマムなものとすべきである。
なお、今回の改革のプロセスにあまり時間をかけることはICANNが本来やらなければならないことを遅らせることにつながり得策ではない。改革のソリューションはいろいろあると思われるが、まずは一つのソリューションを決めて進めることが大切である。ただし、一定期間が経過した後、その見直し作業をするということが前提である。
以下に、ICANNのミッション、Lynn提案の問題認識、および改善提案の各項目について述べる。
(a) インターネットリソースのグローバルレベルにおけるユニークネスの権威(authority)機能
ICANNのミッションには、組織の離陸期に必要となるミッションと、本来的に達成しなければならないミッションの二つがある。前者は米国政府から民間組織への完全移管というミッションであり、健全なインターネットの発展には欠くことのできないものである。後者はインターネットの名前とアドレスの割り振りシステムのグローバルなテクニカル・コーディネーションを中心とするものであり、それは以下の(a)から(d)に分類される。
ドメイン名、IPアドレス、プロトコルパラメータといったインターネットリソースのグローバルレベルにおけるユニークネスを維持し担保する機能であり、ICANNの最も重要な役割である。ドメイン名においてはTLDの管理であり、IPアドレスでは最上位ブロックの管理ということになる。
(b) インターネットリソースのグローバルレベルにおけるユニークネス、および、その運用の安定性を実現するためのポリシー策定
ドメイン名については、TLDを適切なスポンサー組織に委任・再委任するためのポリシー策定、IPアドレスについては、最上位ブロックの割り振りに関するポリシー策定など、グローバルなインターネットリソースのユニークネスを実現し、また、その運用の安定性を実現するためのポリシー策定。
なお、ICANNが関与すべきはあくまでもグローバルレベルのポリシー策定であり、例えば、ICANNから委任されたccTLDの国内ポリシーマターは当該ccTLDスポンサ組織に、また、ICANNから割り振られたIPアドレス最上位ブロックの下位組織への割り振りに関するポリシーマターは当該RIR(または、3つのRIR間の協議)にまかせるべきである。
(c) グローバルなインターネットリソースの適切な利用を図るためのポリシー策定とその運用
ドメイン名については、競争的レジストラ制度の導入やUDRPの導入など、IPアドレスについては、最上位ブロックを割り振る対象となるRIRのクライテリアを定めるなど、国家の枠組みでは解決できないもので、グローバルなルール作りを必要とするものについてのポリシー策定およびその運用。
このカテゴリのものは、インターネットリソースのグローバルレベルにおけるユニークネスの保証という機能を超えるものであり、ICANNの第1のミッションと考えるべきではない。現時点で存在する組織としてはICANNが最もふさわしいと言えるが、ICANNに代わる適切な組織が現れればそちらに任せることも考えるべきである。
(d) ルートゾーンファイルの管理とその内容をすべてのルートサーバーに配布する責務
現在、米国政府の管轄下にあるルートゾーンファイルの管理は、ICANNに移管されるべきものである。ICANNはルートゾーンファイルの内容を管理するとともに、ルートのマスターサーバー(現在のAルートサーバーに相当するが、必ずしもリゾルブ機能を提供する必要はない)からルートゾーンファイルの内容をすべてのルートサーバーに配布する責務がある。なお、ルートのマスターサーバーの運用自体は、必ずしもICANNがやらなければならないものではなく、適切な機関に委任しても良い。
「ICANNのミッションについて」に記載されている項目のうち、上記に含まれずICANNのミッションから外すべき項目は以下である。
- .intレジストリの運営
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.intについては、ICANNは他のTLDと同様にポリシー策定を行い、レジストリ業務は他の機関に委任すべきである。
- InterNIC Webサイトの公開、および関連業務
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現在の措置は「Internic.net」というドメイン名およびそれを付けたWebサイトを特定の機関が独占的に使用するということを排除する目的で進められているものと考えられるが、そのWebサイトという存在に特別の意味がないのであれば、当該ドメイン名については独自のWebサイトを構えることなく、ICANNのWebサイトにリダイレクトするという措置をとることによって、本件についての管理業務が軽減できるのではないかと思われる。
2.1. 重要な関係者(Critical stakeholders)の参加不足について
- 重要な参加者の不足やボトムアップなプロセスの失敗が指摘されているが、これらはアドレスコミュニティの中ではある程度達成されている。バックボーンプロバイダーやISPは、RIRの会議には参加しており、議論に加わっている。むしろ地域ごと(RIRごと)に会議をもつことによりより多くの参加者を得ることができている。
- 理事会の構成比について
各技術分野からの理事が4名で、At Large理事が10名という比率は、テクニカルコーディネーションを担うICANNとしては適切ではない。各技術分野からの理事の比率を高めるべきである。
なお、理事の数が現行の19人から15人に減らされているが、ミニマムな組織を実現すべしという我々の主張からは評価できるものである。
- 政府による選出
先に記した通り、各国政府はICANN組織の中心的なプレーヤになるべきではない。
各国政府にはより重要な役割があり、それに注力すべきである。具体的には、ICANNとccTLD間で結ばれるccTLDスポンサ契約における政府の役割である。このccTLDスポンサ契約は、ICANNとccTLD双方の責任と権限を明示的に定めるという意味で重要である。また、これが結ばれることによって、ICANNのfundingの問題も一部解決される。各国政府は、ccTLDの公益性を担保するという役割において、ccTLDスポンサ契約の締結を実現するための重要なプレーヤーであり、その役割に注力すべきである。
各国政府は上記のような政府でなければできないことをもってICANNに貢献すべきである。At Large理事を各国政府が選定するということについては、それが政府でなければならないという必然性は感じられず、逆に各国政府とも国家利益を背負っているがゆえに提案されている選定作業がワークしない懸念もある。
- 指名委員会による選出
通常の株式会社では、取締役候補者の選定は指名委員会で行われるものの、その承認権は株主総会にある(取締役会にはない)。これに対して、今回提案されている理事の選出方法を見ると、そこには株式会社における株主総会に相当するものがなく、理事会そのものが理事候補を承認するという形になっている。コーポレートガバナンスという観点からは、この選出方法は健全なものとは言えず不適切である。
指名委員会を理事会から完全に独立した組織にするか、または、指名委員会の構成は今回の提案のままとして、その指名委員会が指名した理事候補者の承認を、理事会ではない別の機関(何らかのメンバーシップ組織)が行うようにするか、いずれかの道を模索すべきである。
3.2. 資金確保
3.2.1. 政府からの資金確保
資金確保の基本は受益者負担であり、アドレスやドメイン名のレジストリ/レジストラを経由して、その利用者(受益者)から広く浅く集められるべきである。現在、多くのccTLDスポンサ組織がICANNと契約を取り交わしていない状況であり、資金確保が十分でない原因の一つとなっている。各国政府の重要な役割は、自らICANNに対して資金拠出をすることではなく、自国のccTLDスポンサ組織がICANNと契約を結ぶことについて協力をすることである。
なお、ICANNからはccTLDスポンサ契約のモデル契約として「三角関係モデル」(ICANN、ccTLDスポンサ組織、政府当局)が示されているが、これが多くのccTLDにおいて受け入れにくいものであるとの理解をすべきである。.jpにおいてもそれは同様であり、我々はICANNのモデル契約とは別に、ICANN、ccTLDスポンサ組織(JPRS)、インターネットコミュニティを代表する組織(JPNIC)、政府当局の4つのエンティティを規定する「四者関係モデル」にてccTLDスポンサ契約の締結を行った。ローカルコミュニティにおけるccTLDと政府との協力のモデルとして参考にされたい。(ICANNの「三角関係モデル」の政府当局に相当する部分を「ローカルインターネットコミュニティを代表する組織」と「政府当局」が担うというモデル。ccTLDスポンサ組織を「政府当局」がエンドースすることによって、ccTLDの安定性と信頼性を実現する一方、ccTLDの自立性はローカルインターネットコミュニティがしっかりとにぎっているということが重要。)
また、政府が資金を拠出するというアイデアについては、実際に各国政府が「アメリカの一NPO」に資金を出すことが可能なのかどうかというフィージビリティスタディが必要であると思われる。また、GACへ参加する政府が少ないという現状を正しく評価すべきである。もし、政府が資金を拠出することのリターンとして政府に対してAt Large理事の選定権限を与えるという考えなのだとしたら、それは大きな誤りである。各国政府は、それぞれの国の国民を代表する組織であるかもしれないが、インターネットのステークホルダーを代表する組織ではない。
3.2.2. 契約とサービス料
ICANNとルートネームサーバー管理者やレジストリ/レジストラ各組織等との契約(agreement)は必要なものではあるが、rigidなcontractという形式にとらわれるべきではない。例えばルートネームサーバー管理者とのサービスレベルの保証は、強固なコントラクトというものではなく、地理的、機能的、技術的分散による安定性を維持する事を目的としたMoUレベルのものによるべきである。
ここで問題にされるのは、やはり現在ICANNと契約を結んでいないccTLDのことであろう。我々としては、先に述べた.jpの「四者関係モデル」が一つの理想モデルであると考えているが、ccTLDスポンサ組織と政府との関係がそこまでに至らない国があるだろうことも想像している。そのような国のccTLDに対するミニマムリクワイヤメントは、RFC1591(またはICP-1)の遵守であり、それを何らかの形で確認し(政府のエンドースメントはその一形態であるが、ICANN的には最も確実な形態であると言える)、それに基づくMoU(ICANNへのサービス料支払の規定も含む)の締結を促進するという道も模索すべきであると思う。
また、合わせて .edu, .gov, .mil, .int の各レジストリによる費用負担も具体的に検討すべきであると考える。
資金負担の割合については、受益者負担を基本とした資金確保という観点から、ICANNは各受益者が実際に受けているサービスを分析し、再定義すべきである。例えば、ドメイン名(TLD)については、ccTLDとgTLDを比較した場合、後者に対するサービスの比重が高いと言わざるを得ず、両者に対して per domain 基本にして課金するとしても、per domain の重みづけをICANNがそれぞれに提供しているサービスの比重を勘案して決めるべきである。
3.3. 透明性
理事会をチェックする役割を果たすオンブズマンを、理事会自らが指名するというのは、チェック&バランスの点から見ると不十分であると考えられるので、その選任方法を再考すべきである。
社団法人 日本ネットワークインフォメーションセンター
理事長 村井 純
株式会社 日本レジストリサービス
代表取締役社長 東田 幸樹